ベイタウン旅行倶楽部
富津公園〜富津岬
![]() 左:富津公園の入り口にある看板。 「南房総国定」という文字がいかにも南国を思わせていい感じ。 中:園内にある地図。 富津岬の先端と、かつて砲台があった人口の島がくっついているのですが、 実際にはもう離れてしまってます。 右:園内は松林があったり、大きな池があったり、またアスレチックなどの施設もあります。 |
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![]() 富津岬の突端より第一海堡を、そして富士山を望む。向こう岸は三浦半島。だいたい7キロくらいの近さだと言われている。因みに第一海堡までは砂州が延びていて、こどもの頃は歩いて渡っていた。(2002/1/3 撮影) |
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| 2005/8/8 追記 【 富津岬の昔と今 】 今年になってから、富津から館山にかけて、ぶらぶら釣りに出かける機会があり、たまたま富津岬にも寄ってみた。同行した人間が富津岬の展望台に昇りたいと急に言ったのが原因だ。去年の夏頃には展望台は工事中で、昇ることを禁止されていた。だから私も展望台に昇ったのは5年ぶりくらいだろうか。まずは昇った感想というより、かつての岬と今の岬のことについて触れてみたい。 昨年このページを作る際にも書いたことだが、岬の先端が短くなってしまった。私が小学校の頃は歩いて渡ったこともあったし、古い地図では確かに繋がっていた。しかし、小学校の高学年の頃になると、干潮のときでも歩いて渡るには約5−メートルくらい膝丈くらいの水に浸かるようになっていた。
![]() 証拠写真その2(ほら、もう殆ど繋がっているではないか!!) もっとアングルを引いた写真がこれ。一番左に先ほどの消波ブロック。そして、島から延びている砂州は大きく迂回して岬のすぐそばまで来ている。またちょうど写真の中央の白波が立っている部分は殆ど砂地が露出しそうなくらい浅瀬になっている。 7月に起きた大きな地震のせいだろうか!!!??? いずれにしても、この件についてはまた近々行ってみて様子を見てみようと思う。もちろん、これだけ砂州が見えたことを私だけが感動しているだけで、実は、「そんなのしょっちゅうだよ!」と言う方もいらっしゃるのかもしれないし、まあ、そうだとしたら、このページのこの文章は見なかったことにしといてください。(笑) ![]() ところで、全然違う話題になってしまうが、もうひとつ驚いたこと。それは、上の写真の水平線のところに大きなガスタンクを備えたどでかい船が航行しているのが見える。距離からいって、第一海保のかなり沖を航行しているのだ。ということは島よりもかなり大きいということだ。
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| 2005/8/8 |